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ヴァン・モリソン~Van Morrison ディスコグラフィー2 [Van Morrison]

前回(その1)で、ワーナー時代の3作を紹介しましたが、今回はそれに続く3+1作を取り上げます。

※RC…レコード・コレクターズ1991年3月号、ST…ストレンジ・デイズ2008年5月号。
※個人的評価は、
★★★★★ 歴史的名盤
★★★★   傑作
★★★    好盤
★★      ヴァン標準
★       ヴァン標準以下
として、やや辛口目に採点しますが、今後、聴き込んでいくうちに評価が変わるでしょうし、僕のコメントにもちょくちょく修正・補足等が加わるということをご了承ください。


「Tupelo Honey~テュペロ・ハニー(1971年)」

テュペロハニー.jpg

<アメリカ黒人音楽の洗礼を受けた60年代のイギリス周辺のミュージシャン達は、自分の内側に育んだアメリカという幻想に、それぞのれ方法で向き合っていったが、ヴァンもまた、そんな旅に出発した若者の一人だった。
ゼム解散後にアメリカに渡って発表した彼の初期の作品には、新しい環境の中で得ただろう様々なエモーションの揺れがスリリングに刻まれているが、とりわけ本作のタイトル曲B1(⑥)は印象的なものだった。次第に熱っぽさを増していく愛の歌なのだが、僕には、ここでの“彼女”というのが、ヴァンにとっての“アメリカ”であるように聞こえてしょうがない。エルヴィス・プレスリーの生まれ故郷がテュペロという町だと思い起こすまでもなく、そうしたイメージを喚起させるだけの力を持ったスケールの大きい名曲だと、言い切ってしまいたい。
日差しの中で恋人とジャネットと佇む美しいジャケット写真そのままに、穏やかで安らいだ表情に満ちたアルバムだ。ウッドストックでの暮らしを綴ったA3(③)、ワルツで軽くキメたA2(②)とB2(⑦)など、始まったばかりの幸福をかみしめているような曲が多い。A1はシングル・ヒットもした。
若き日のヴァンの姿を映し出した牧歌的で素晴らしいこのアルバムも、ちょうど20年前の作品になる。その間、長い旅を続けてきた彼にとって本作は、束の間の休息だったのかもしれない(RC・小尾隆)>
<馬に乗った妻ジャネットと陽光あるれる森の小道を往くカヴァー写真がすべてを物語る、幸福感に満ちたアルバムだ。ウッドストックからサンフランシスコのマリン・カウンティに引越し、平和な“アメリカ”を体感したのにも由来するのだろうが、ソウルやカントリーへの視線や“彼女への愛”に疑いがない。その分、ヴァンの音楽特有の厳しさには欠けるきらいもあるが、音楽で伝えられる“美しさ”が凝縮されている(ST・和久井光司)>

[目]
女優で歌手でもあったジャネット・プラネットという美妻との新婚生活の中で作られた幸福感のヴァイヴで満たされたアルバムで、ジャネットもコーラスで参加している。わざわざアルバム・ジャケットで二人のツー・ショット写真を使うなど、そうした満ち足りた私生活を営んでいて、ダークで不幸感のあるアルバムなんて作りようがないのだから当然か。
恋は盲目というか、「ユア・マイ・ウーマン」では「あなたは僕のサンシャイン、僕を導く光」という陳腐なフレーズが熱唱される。
サウンド的には、これまでの延長線上のヴァン’sソウル・ミュージックと言えるのですが、ホーン・セクションが「ワイルド・ナイト」くらいにしか入っていないため、いわゆるソウル色が減り、代わりにカントリー色がかなり入っています。そして楽曲はも粒ぞろいです。
ちなみにポリドールの再発は紙ジャケット初回限定生産ですが、このアルバムだけ同じSHM-CD使用で、通常のプラ・ケース一般販売もされています。
このアルバムだけ限定生産にすべきでない名盤という位置づけなのか、紙ジャケかどうかで¥1000差ある価格設定(限定生産)でどのくらいの売り上げの違いがあるのかというサンプルを取りたかったのかどうかはわかりません。

個人的評価 ★★★★

「Saint Dominic's Preview~セント・ドミニクの苦言(1972年)」

セントドミニク.jpg

<ウッドストックでのロビー・ロバートスンとの交流、そしてサンフランシスコ北部にあるマリン・カントリーでの充実した生活の賜物として、ヴァンは名作の誉れ高い「テュペロ・ハニー」を71年に発表した。彼は、ソロになってからは優れたR&Bシンガーであり、ポップ・シンガーでもあろうとしてきたが、その方向性は「テュペロ・ハニー」で一応の完成を見たと僕は考える(黒っぽさにポップな活気とインパクトを重畳する作業が見事に完成されたのだ)。
で、ソロ通算6作目にあたる、この「セイント・ドミニクス・プレヴュー」から、(教会の入り口前で、あらぬ方向を見つめているジャケット写真に象徴されるように)彼はより内なる自己を掘り下げ、それを雄大に表現しようとし始めるのだ。そして、この奥行きのあるソウルフルな路線は、今日の彼のあり方の出発点なのである。11分8秒に及ぶA4(④)や10分3秒のB3(⑦)、そしてタイトル曲B1(⑤)での魂の彷徨ぶりには、今聞いてもあっさりと心を奪われてしまう。移民である彼は、ソロ・デビュー以来持ち合わせているジャズ的センスを活かした軽快な演奏とソウルフルな歌声とのこの見事な組み合わせを、自ら「カレドニア・ソウル」と名づけたのである。
全曲本人の作品で、テッド・テンプルマンとの共同プロデュースによるサンフランシスコ録音。ロニー・モントローズやジョン・マクヴィ、マザー・アースのマークナフタリンがゲスト参加(RC・小林慎一郎)>
<アイルランドとアメリカの関係を、音楽の面だけではなく、文化全般や宗教も含めて考察するヴァンの孤高が完成されたアルバム。自らの音楽をカレドニア・ソウルと呼ぶようになったのは東海岸、西海岸の生活を経て感じた“アメリカ”との距離に、移民としてのアイデンティティを再確認したからに違いない。11分を超える④、約10分の⑦が内包する深さ、尊さには、人間が持ちえる“スケール”を考えさせられたりもするのだ。その一方で、軽快なホーン・セクションが曲の持つグルーヴを華やかに演出する①のような“ソウル・レビュー風”をものにしているのもいいところで、アルバムとしての構成は実に見事。現在まで一貫して続くヴァンの魂の彷徨が露わになった、非の打ちどころのない作品である。共同プロデューサーはテッド・テンプルマン。「アストラル・ウィークス」や「ムーンダンス」も素晴らしいが、ヴァンを初めて聴く人はここから入るといいだろう(ST・和久井)>

[目]
最近のリマスターに合わせて発売されたベスト盤「スティル・オン・トップ」の冒頭曲でもある、ソウル・ナンバーの「ジャッキー・ウィルソン・セッド」で軽快に幕を開けます。上の和久井氏はヴァンを初めて聴く人に、このアルバムを薦めていますが、いかにもソウルと言った♪タララッタッタタラララーというコーラスや②の♪ラ・ラ・ラ・ラ・ライライライライといった70年代風のコーラスは日頃、J-POPしか聞いていない若いリスナーは拒絶反応を起こす可能性もあります。
個人的に、レンタルで借りたCDをi-podに入れただけで、歌詞カードがないため、残念ながら歌詞を見ながら「魂の彷徨ぶり」や「人間が持ちえるスケール」を味わうことはできませんが、「アルバムとしての構成は実に見事」と言うように、レコードで言うA面を軽快な曲で幕を開けた後、10分を超える重厚な曲で締め、B面はタイトル曲で始まり、これまた10分を超す曲で占めるアルバム構成はアルバム作りの王道とも言えるでしょう。
ちなみに「カレドニア」とは、ブリテン島北部のローマ帝国支配下に入らなかった地域の古称のようです。よくヴァン・モリソンの音楽を「アイリッシュ・ソウル」と称しますが、「カレドニア・ソウル」とほぼ同義と考えてよいでしょう。

個人的評価 ★★★☆

「Hard Nose The Highway~苦闘のハイウェイ(1973年)」

苦闘の.jpg

<70年代前半のヴァン・モリソンを語る上で、決して無視できないのがジャネット・プラネットの存在だろう。歌手であり女優でもあったジャネットとヴァンが出逢ったのは、彼がまだゼムのヴォーカリストとしてアメリカをツアーしていた時のことだが、70年のアルバム「ストリート・クワイア」あたりから、彼女の存在がクローズ・アップされ始め、続く71年の「テュペロ・ハニー」などは、全体的に二人のアルバムといった雰囲気が濃厚に漂っていたりした。とはいっても彼女はヴァンの音楽にコーラスで参加する程度で、創作活動の中心にまでは関わっていかなかったようだが、当時の彼の大いなる精神的支柱となっていたことは否めない。
ところが73年に二人は離婚してしまう。そうした最中に作られたのが本作で、具体的に別離が歌われたりしていないものの、どこか忍び寄る憂愁が感じられる。音楽的には邦題「苦闘のハイウェイ」から受ける印象ほど暗くはなく、むしろ「テュペロ・ハニー」、72年の「セント・ドミニクの予言」で培ってきた路線をゆとりを持って広げている。念願の自分のスタジオも完成し、これまた念願のカレドニアン・ソウル・オーケストラの陣容も整い、ヴァン・モリソンとしては充実度100パーセントで挑んだアルバムのはずだが、それにしては少々集中力に欠ける仕上がりとなっている。その理由をジャネットとの別離に求めるのは、穿ち過ぎた見方だろうか(RC・中川五郎)>
<自身のスタジオが完成し、カレドニア・ソウル・オーケストラなる念願の大所帯バンドも組織、しかし一方ではジャネットとの離婚というトラブルもあり、もうひとつアルバム作りに集中できなかったようだ。邦題「苦闘のハイウェイ」がイメージするほどの暗さはないが、前作の充実度と比べると一段劣るのは否めない。ジャネットに代わるコーラス嬢としてジャッキー・デシャノンが参加しているのにも注目(ST・和久井)>

[目]
何とも奇妙なジャケットのアート・ワークである。これで少し損をしている気もするし、邦題に「苦闘」と付けるから余計に敬遠されがちとなる。そして、アマゾンのレビューで「1曲目が怖い」といったものがありましたが、確かに、そのゴスペル調の女性コーラスはちょっとした「怖い」雰囲気があります。ただ、この曲、楽曲構成において、ヴァンとしてはちょっと実験的な感じがしますね。
そして、実験的で「怖い」1曲目を終えれば、2曲目以降はスロー/ミディアム・ナンバー中心の「カレドニア・ソウル」の粒ぞろいの曲が満載です。
僕は年代もバラバラに遡って、ヴァン・モリソンのバック・ナンバーを聴いてきたので見過ごしがちでしたが、2曲目以降の楽曲群は、後のヴァン・モリソンの十八番ともいえる洗練された高品質なソウル・ナンバーの最初の完成を見たのではないでしょうか。

個人的評価 ★★☆

「It's Too Late To Stop Now~魂の道のり(1974年)」

魂の.jpg

<73年夏にアメリカ西海岸とロンドンで行ったコンサートから、18曲を収録し、74年2月に発表した白熱の2枚組ライヴ・アルバムだ。このコンサート・ツアーでは、ホーンにストリングスまで加えた11人編成のバック・バンド、カレドニア・ソウル・オーケストラを率い、各地で熱狂的な支持を受けモリソンの名声を高めたものとして知られている。
ここにはゼム時代のヒット曲D1(2枚目⑤)、D2(2枚目⑥)から、この年発表した「ハード・ノーズ・ザ・ハイウェイ」のA2(②)、B3(8)まで、モリソンの代表的な曲が並んでいる。そして、素晴らしい歌声が息の合ったバンドの演奏とともに、ライヴならではのノリで楽しめる。
たとえば、A3(③)、B4(⑨)、D4(2枚目⑨)といった曲は、ライヴの方がより輝いている。また、モリソンの敬愛する黒人シンガーたちの曲も取り上げられ、B2(⑦)、B5(⑩)、C3(2枚目③)のブルース・ナンバーをはじめ、レイ・チャールズのA5(⑤)、サム・クックのC1(2枚目①)、それにボビー・ブランドがが歌ったA1(①)は、アイリッシュ・ソウルたっぷりの熱唱で、モリソンの黒人音楽に対する思い入れの強さが表れている。
アルバムのタイトルは、アンコール・ナンバーのD4(⑨)を歌い終わり、モリソンが言ったフレーズから取られており、モリソンの心情を感じ取れる(RC・山岸伸一)>
<ホーン・セクションとストリングを含む11人編成のバンド、カレドニア・ソウル・オーケストラによる二枚組ライヴ。73年夏にアメリカ西海岸とロンドンで収録されたソースから18曲収録したものだ。ゼム時代のヒット曲から「苦闘のハイウェイ」収録曲まで代表曲がずらりと並び、ヴォーカリスト/バンド・リーダーとしての圧倒的な存在感を示した名作だが、録音はもうひとつ。リマスターに期待したい(ST・和久井)>

[目]
ライヴ盤は後回しのため未聴です。

ヴァン・モリソン ディスコグラフィ
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おまけ
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