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ヴァン・モリソン~Van Morrison ディスコグラフィー4 [Van Morrison]

ヴァン・モリソンのディスコグラフィも第1弾第2弾第3弾に続いて、早くも第4弾です(第5弾 第6弾 第7弾 第8弾 第9弾 おまけ)。
ヴァンほどの大物アーティストを、こんな急ぎ早に聴いて、急ぎ早にレヴューを書いてよいものかとも思いますが、まあ、僕のレヴューはおまけのようなものですからね。

※RC…レコード・コレクターズ1991年3月号、ST…ストレンジ・デイズ2008年5月号。
※個人的評価は、
★★★★★ 歴史的名盤
★★★★   傑作
★★★    好盤
★★      ヴァン標準
★       ヴァン標準以下
として、やや辛口目に採点しますが、今後、聴き込んでいくうちに評価が変わるでしょうし、僕のコメントにもちょくちょく修正・補足等が加わるということをご了承ください。

「Common One~コモン・ワン(1980年)」

コモンワン.jpg

<数多いヴァン・モリソンのアルバムの中でも80年に発表した「コモン・ワン」は、かなり異色な内容といえる。全6曲のうち15分を超える長い曲がA2(②)、B3(⑥)とふたつあり、この2曲が全体を象徴している。
本作のタイトル・テーマとなったA2(③)では、ワーズワースやコウルリッジ、ブレイク、エリオットといったアイルランドの文学者を歌い込み、モリソンの独特の語り口で次々に言葉が発せられる。4拍子と3拍子のパートで構成される曲は、ストリングスを入れたり、ソウルっぽい感じのホーンを使っている。終わりの部分で歌われる“静寂に耳を傾けなさい”というフレーズが印象的だ。
そして、もうひとつのB3(⑥)は、はっきりとしたメロディやリズムがあるわけではなく、歌うというより寧ろ祈りにも似た唸るような声に、ベースやフルート、ギターがスピリチュアルな雰囲気に合わせて即興的に伴奏をつけている感じの曲だ。よほどモリソンに心酔する人でなければ面白いとは思わないだろう。
ともにモリソンの魂を解放し救済するメッセージが込められ、それを十分に伝えようとして曲が長くなってしまったように思える。このように宗教的な色彩は、A1(①)やB2(⑤)にもあり、静かだが、情熱のこもった伝道師のような姿が浮かんでくる。
そんななかでB1(④)は、唯一息が抜けるポップな曲だ。洗練されたソウル・バラードと言える。レコーディングは南フランスで行われた(RC・山岸伸一)>
<素敵なジャケットなのだが中身はそれほど簡単ではない。ヴァンの中でももっとも宗教的なメッセージ色の強い一枚で、祈りとも言いたくなる最後の曲⑥が邦題で「開眼のとき」とつけられたことが端的にそれを示す。とはいえ、英やアイルランドの詩人、文学者達を歌い込んだ「サマータイム・イン・イングランド」やヴァン流のソウル・バラード魂が全面展開する「ワイルド・ハニー」のような曲があるから聴き逃せない(ST・大鷹俊一)>

[目]
ヴァンの「宗教3部作」の第1弾です。といっても、赤岩和美氏によれば、前作「イントゥ・ザ・ミュージック」を含む「宗教4部作」とのことですが、個人的には、前作を聴いていてあまり宗教性を感じなかったので本作からとします。
15分超の2曲を含む全6曲というアルバム構成が異質性を際立たせているのでしょうが、もっとも「セント・ドミニクの予言」でも10分超の2曲を含む全7曲でした。まあ、そちらには3分くらいの軽いポップ・ソングが何曲か収められていましたが…。
本作は、さながら「プログレ・ソウル」といった感じで幕を開け、と言っては大袈裟で、実はそれほど身構えることなく聴けるアルバムだと思います。
最近はYouTubeで聴いたり、i-tunes Storeなどで曲単位で買って聴いたりする人が多く、アルバム単位で聴く人が少なくなっているようですが、普通にアルバム単位で聴ける人は、楽曲自体も良い曲が多いので問題なく楽しめます。全体的にファンキーなテンポの楽曲が多いように感じますが、スローなファンク・ナンバーの②は15分にも及ぶ曲ながら、いつまでも聴いていたいと思わせる。
たまたま長い曲が多いだけで、逆に言えば、その分、ヴァンの世界にどっぷりと浸かれるわけです。
でも、さすが「祈り」とも言えるエンディング曲だけは冗長に感じる。

個人的評価 ★★★

「Beautiful Vision~ビューティフル・ヴィジョン(1982年)」

ビューティフル.jpg

<82年に発表した「ビューティフル・ヴィジョン」は、ロンドンに居を構えたモリソンが、アメリカ西海岸のソーサリートのレコード・プラントでレコーディングしたもので、何といっても、モリソンがアイルランドを強く意識したA1(①)が特筆される。
ユリアン・パイプを使ったA1(①)でのケルトへのこだわりは、次作でも「ケルティック・スウィング」と続き、さらに、チーフタンズと共演してアイリッシュ・トラッドを歌った「アイリッシュ・ハートビート」へとつながっていく。その「アイリッシュ・ハートビート」で、A1は再演されているところからも、モリソンのなかでの重要さがわかる。
といっても、他の曲はケルティックではない。ジミー・ロジャースやレッドベリー、マディ・ウォーターズなどを聞いて育ったと歌うB1(⑥)は、モリソンの自伝的内容の曲だ。
変わったところでは、アリス・ベイリーの「グラマー/ア・ワールド・プロブレム」という本を下敷きにして作ったA3(③)、B3(⑧)があり、この2曲とB4(⑨)がヒュー・マーフィとの共作になる。
三つのセッションが行われ、それぞれバック・ミュージシャンの顔ぶれが違うが、B1(⑥)3(⑧)ではマーク・ノップラーのギターが聞かれる。A3(③)でのマーク・アイシャムのトランペットもなかなか面白い。B5(⑩)はモリソンのピアノをフィーチャーしたインスト曲だが、歌がないとつまらない(RC・山岸)>
<当時のヴァンが興味を持っていた音楽的な要素、ミュージシャンらをドンドンと盛り込んでいったアルバム。当然、この時期らしい宗教色の強い内省的な部分は大きいのだが、自伝的要素やケルト・ミュージックへの取り組み、マーク・ノップラーのゲスト参加など、あまり深く考えずに接しているとそれなりにバラエティに富んでいるのは感じられるはず。それがやや散漫と捉えられることがあるかもしれないのだが(ST・大鷹俊一)>

[目]
個人的に本作は、前作と次作を聴いた後で聴きました。というのも、それらは今回の紙ジャケ・リマスター・初回限定生産の第2弾として販売されたため、CDレンタルすることができたのですが、本作は販売中止となった第3弾販売予定の作品で、入手がやや困難だったのです(単にレンタルで済ませなかっただけですが)。リマスター前の輸入盤だったら安価で手に入れられますが、リマスター前の国内盤及びリマスター後の輸入盤は共に廃盤となっていて既にプレミアが付いてしまっている上に、前作及び次作は、上述そして後述するように、ヴァンとしては異質な作品だったため果たしてプレミア価格を払ってまで買う価値があるのか、と若干躊躇していましたが、幸い、「ケース難あり」とのことでリマスター輸入盤を中古盤屋で¥650で手に入れることができました。
前作&次作を聴いていただけに、おまけにジャケット・ワークからして次作を連想させたので、あまり期待せずに聴いたのですが、予想に反して、サウンド自体は、それらの「異質」さからは遠い、80年代後半の作品へと繋がるヴァン・モリソンの王道とも言える「カレドニア・ソウル」路線でした。
後述しますが、洗練された80年代中盤・後半のそうした作品がやや物足りないのに対し、本作では楽曲自体が良いのか、耳に残る曲が多く、実際、ヴァン自身が選曲したというベスト盤「ベスト・オブ・ヴァン・モリソン」に前作&次作の曲が1曲も入っていないのに対して本作からは2曲も入っています。

個人的評価 ★★☆

「Inarticulate Speech Of The Heart~時の流れへ(1983年)」

時の流れ.jpg

<1980年代に入って、モリソンの音楽はひときわ内省的なものへと変化していったけれど、そんな中で最も鎮静した、穏やかな表情をたたえているのが本盤。この盤が出る直前に、宗教的な理由からモリソンが引退する…という噂が伝わってきたことともあいまって、ぼくも当時けっこうおセンチなレビューをいくつかの場所で書いたものだ。恥ずかしい。
アイリッシュ・トラッドの要素を盛り込んだ、広がりのあるインスト曲を随所にはさみながら、モリソンが落ち着いた歌声を聞かせる。宗教家としても知られる様々な詩人の名前などを織り込みながら、淡々と、しかし確かな情熱を込めて歌われるA5(⑤)など、その崇高な美しさに圧倒されてしまう。すでにモリソンはぼくのような無宗教/無信仰の人間には理解できない境地を、ひとり浮遊しているかのようだ。ここで歌われるスピリチュアルな概念に全面的に共感できるわけでもないが、でも、このアルバムがたたえた穏やかさと美しさに感動せずにいられない。
B3(⑧)のように、曲作りの面でR&B的なニュアンスがくみ取れる作品もあるが、アレンジや歌声に力づくの黒っぽさはない。カケラもない。なのに、やけにソウルフル。聞く者の、心の奥に響いてくる。デビュー以来20年の歩みの中で彼が達した彼なりの、彼だけのゴスペルの世界がここにある(RC・萩原健太)>
<ヴァンの歴史の中でももっとも宗教的な方向に心が向いた時代を象徴する一枚。彼が引退するという噂(ニュース)が流れたのもこの頃で、確かに随所で強い宗教色は聴かれるし、「ケルティック・スウィング」などと名づけられたアイリッシュ的な要素も含んだインストが間に挟み込まれることで統一感はさらに高まっている。そこらが当時は過剰に反応されたりもしたのだが、長いヴァンの歴史の一場面と捉えたとき、ここでの魂の安らぎが80年代後半から90年代にかけての充実期の土台となったこともわかる。
ロンドンをはじめレコーディングはあちこちで行われているが全体に流れるテイストは一貫しており、それが高い精神性をも感じさせる。W・B・イェーツをはじめとした詩人、宗教家たちに語りかける「レイヴ・オン、ジョン・ドン」のような曲を聴いていると改めて彼との距離を感じてしまうが、それが気高い魅力を生み出す原動力の一つであることも再認識できる作品だ(ST・大鷹俊一)>

[目]
シンセ音がちょっと気になりつつも、なかなかの佳曲で幕を開け、「いいじゃん」と思っていると、インスト曲が続く。そのような感じで序盤はヴォーカル曲とインスト曲が交互に収録され、インスト曲のシンセ音が妙に気になって最初はあまり聴く気が起きませんでした。といっても、そうしたインスト曲にはアイリッシュ・テイストが備わっており、古きものと新しきものの融合を試みたのかもしれませんが、個人的にはどうも80年代的なサウンドが普遍性を削いでしまっているような気がして残念でならない。
「宗教3部作」と言えば、ボブ・ディランも有名です。ディランの場合は改宗宣言して、音楽も大幅にゴスペルを取り入れたり、歌詞内容も露骨なものでしたが、モリソンの「宗教3部作」の場合は何故、そこまで忌避されるのかわかりません(リアル・タイムで聴いていなかったので、当時の事情がよくわかりません。ちなみに当時のボブ・ディランはライヴでも宗教作品以外の過去の作品を封印していたほどです)。
元々、日本人は多神教の宗教観を持ち、独特の高いモラルを有してきましたが、戦後、「無宗教こそ進歩的」という共産主義の影響を無自覚に受けつつも、「植民地」根性丸出しでアメリカに憧れ、キリスト教的価値観を無自覚に受け入れながら、少しずつ本来の日本人の精神を破壊してきました。
モリソンもアメリカに憧れて渡米するわけですが、アメリカでの生活を経て、自らのアイデンティティであるアイリッシュや宗教に回帰したのが、この辺及びこの後の音楽活動に影響を与えているように思います(日本社会及び日本人もその時期に来ている…やや手遅れながらも)。
さて、「無宗教」を教義とする共産主義の影響か、はたまた一神教の宗教観に違和感を感じる日本人本来の宗教感覚だかわかりませんが、とかく日本人は「宗教的(キリスト教的)」と称される作品を毛嫌いする傾向があるようです(そうした看板がなければ、キリスト教的な価値観を無自覚に受け入れてしまう無防備さもあるのですが…)。
ディランの「宗教3部作」は歌詞内容も極めて宗教的でしたが、サウンド自体はなかなかの力作でしたし、モリソンの場合は果たしてそれほど宗教的か、と思うような作品で、個人的にはむしろ本作のようにシンセ音が大々的にフィーチャーされた80年代風のサウンド自体に距離感を感じます。
そういえば、ディランの「宗教3部作」はジャケットにディラン自身が写っていないことが論じられますが、モリソンの「宗教3部作」も何故かモリソン自身が写っていないのは偶然か。
いずれにせよ、楽曲自体は良い曲もあるアルバムです。

個人的評価 ★☆

「Live At The Grand Opera House Belfast~ライヴ・アット・グランド・オペラ・ハウス(1984年)」

ライヴ グランドオペラ.jpg

<この盤が出たときも、ぼくはモリソンの引退をまだ信じていた。くそ。引退騒動のさなかに発表された前作のリリース時期、1983年3月にモリソンの生まれ故郷、ベルファストで収録されたライヴ盤だ。
前作とほぼ同じ顔ぶれによるヴァン・モリソン・バンドがバックアップしている。それだけに、全体の印象は地味。かつてLAとロンドンで収録されたホットな2枚組ライヴとはがらり変わって、あくまでも穏やかだ。A6(⑥)でちょっとリズミックに迫っても、名曲B1(⑦)でまたぐっと落ち着いた展開へと舞い戻る。とにかくこれが当時のモリソンの姿なのだろう。垢にまみれたロック・シーンを離れて故郷に根をはり、自分が本当に信じられる音楽だけを歌い続けるんだ…という決意を、ライヴ・アルバムという形を借りて宣言した1枚なのかもしれない。地元の観客もそういった展開に対して心から熱狂的に拍手を送っているようだ。
ただ、リミックスのせいなのか、なにやら音像全体が寒々しい気もする。安易にミックスされたFMのライヴ中継番組を聞いているみたい。なんだか腰のない、一体感の希薄なサウンドが感動をそぐ。モリソン入門者が聞いたら、本来のモリソンのすごさを認識できないまま終わっちゃいそう(RC・萩原健太)>
<ヴァンとしては二枚目となるライヴ・アルバムで83年3月11・12日に北アイルランド、ベルファストで録音された。カレドニア・ソウル・オーケストラに通じる大編成での公演だが、オープニング「イントゥ・ザ・ミスティック」以外はマーキュリー移籍後のアルバムからで、残念ながら選曲的には面白くない。もちろん歌、演奏ともに高いクオリティで満足なのだが、それでもライヴ盤ならではのサービスが欲しかった(ST・大鷹)>

[目]
ライヴ盤は後回しのため、これまた未聴。

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